向き合う事を放棄する親多くね?って話

こんにちは、もぐもぐです。

実家に帰ってから両親と話す機会も増え、ちょっと最近気になる事が増えました。

その中の一つとして、「子育てなんて瞬発力なんだから一々分析してられないし、分析したくない」という意見です。

言わんとしていることは解りますが、この言葉、どことなく引っかかる部分があるので、ちょっとこのあたりの意見について述べていきたいと思います。

 

  

子供の意見は意見ではないと決め付けてない?

これ、「どうせこどもだから」で済ませている親、本当に多いなって思います。まずこの時点で子供と向き合う第一歩を大きく踏み外していることに気が付いて欲しいです。

子供が思った「どうして?」「なんで?」この意見は自分はこう思っているから世間の意見は理解できないと思っている子もちゃんと居ます。

この時点で注目しないといけないのは子供もしっかり自分の意見を持っているということです。そこについて子供の意見を全く無視してしまい、ただ頭ごなしに叱るのは親として向き合う行動を放棄していると私は考えます。

というか、それは自身が経験して本当に感じていたのでこればっかりは自分の子供に同じ思いはさせないようにと思います。

自分の髪質が凄く気になり、学校でも周りから笑われることが増えた事がありました。高校生になり自身でバイトが出来るようになったので自分のバイト代でちょっと高いシャンプーを購入、ケアに励みました。

その時に父から言われたのが、「子供なんだからそんなのは社会人になってからにしろ」だそうです。

この父の発言自体、おそらく本人は全く悪気も無いし、子供はそうして与えられた環境の中で生きていくのが普通と考えているから出て来るんだと思います。

私から言わせればこれは対話とコミュニケーションの放棄です。

そう、子供は親の保護下にあるから、だからその環境の中で過ごしなさい、それは解ります。

ですが一番納得いかなかったのは、「どうしてそこまでして自分のシャンプーを購入する必要があったのか全く聞こうとしなかった」という点です。

言い分を全く聞かず、反対意見のみを述べる、これ、ブラック企業に似てませんか?務めた事があるのでよくわかります。ブラック企業そのものです。

じゃあ、何が必要なんでしょうか。

親だって聞く力は必要だし子育てする以上は責任を持って欲しい

よく子供は授かりものと言います。勿論そうだと思います。

私自身、一生独身貴族を貫くつもりで生きていたので子供が出来たなんてびっくりです。

で、出来たと同時に思ったことがあります。

授かったからには自身が責任を持ってこの子と向き合わなければ…

自分自身の家庭環境を見てどうだろうかと考えさせられました。私は末っ子な事もあり、何をするにも話は聞いてくれても理解をしようと努力してくれたようは見えませんでした。

そうではないと言われても、私の意見は無視され、私が出来ない分野での成功を望み、得意な物で実力を出しても全くとりあって貰えなかった過去が大きいのでどうしてもそうなります。

私は運動が苦手でした。マラソンは常に最下位です。勉強も苦手でした、漢字の書きとりも最後まで教室に残されて掃除が始まってもずっと書かされたくらいです。

家庭科と美術と科学が得意だったのでこれだけは平均以上でした。

ですが、両親からしたらその「私の得意な分野」というのは興味が無かったようです。そんなことよりと言ってあんまり褒めて貰った記憶が無いです。褒めたのだとしても記憶に残らない程度の印象になってしまっています。もったいないですねw

で、これは私の体験として書いていますが、社会人になるとこうした経験をしている人はかなりの割合でいる事が解ってきました。

そうした人に共通しているのが、人と向き合うということをしないので問題解決に時間がかかり、結果仕事をする上でも効率が低下している点です。

子供と向き合う、これを放棄してしまうと社会人になってから様々な面で子供は大変な苦労を強いられます。適切なコミュニケーションというものが身につかないのです。

厄介な事に「もう大人なんだから全部自分の責任」と言われるようになってからそのツケが回ってきます。

確かに大人になれば自分の責任です。ですが、その頭ごなしな家庭教育が新入社員をダメにしているんだと会社で新人が隣に来るたびに痛感させられていました。お客様や他の担当との関わり方を見て、決定的に大事な部分のコミュニケーション能力が欠落している印象です。

子供の話を聞いて理解するかどうかは、その子の一生を左右します。マジで。

だから責任を持って向き合って欲しいと思います。

大人になっても絶対に必要な他人と向き合う力

そしてこの人の話をしっかり理解し、自身の意見を伝える力というのは、どんな職種であっても社会人になれば必要不可欠な能力となります。

企業は自身に何を求めているのか、お客様は何を自分に求めているのか、そういった部分です。また、この様に他人と向き合うということは、それだけ相手を思いやって言葉を選ぶ練習にもつながります。

売り言葉に買い言葉だったり、声を荒げて怒鳴り散らす必要は無いのです。それが出てしまうのは、会話にどこか行き詰まりを感じてしまい、自分の中でもどうしようもない状況になった時に起こりがちです。

「自分で考えろ!!」と説明の義務を放棄する大人も多いです。仕事は見て盗めと言いますが、現代はそうはいきません。なぜなら見て盗めるような職種が減っているからです。

現代社会に置いてみて盗む部分としては、しっかりとした研修環境が整い、指導も充実している状態でさらに労働者が効率を見出すために先輩を観察する、といった所だと思います。

環境や時代の変化によって、昔のような指導方法が全く意味がなくなってしまったり、逆にそれよりも前の方針があっていたりと様々です。

どんな状況でも言えますが、一番大切なのはその目の前の相手としっかり向き合う事が出来るかどうかだと思います。

 

この日は朝に子供との向き合い方についてテレビで特集を組んでいて、会社でも大切なコミュニケーション術だったことに感動をしていました。同時に、両親がそんなの一々考えていられないと言っていて、「向き合う事を放棄している」と感じてしまったので記事にした次第です。

色んな考えがあると思いますが、新人教育の時も一番放棄しちゃいけなかった部分なので、子供にとっても大事なんだと思います。

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